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ケニアの旅 7日目 その2・パキスタン編 [ケニアの旅]

13: 00 さあ、市内観光に出発だ。

~すみません。ケニアはもう終わったのですが、パキスタンネタが山ほどあるので、特別に7日目その2を作りました。かなり引っ張ってますけど 我慢して読んでください〜

荷物を持ってきた三浦と坂口に、仕切りおやじは「あれ?市内観光なのに、どうしてそんな重い荷物、持ってくの?」といちいちうるさい。
すると、日本語ガイドが「みなさん、荷物は全部、持ってきてください」と言った。

市内観光からそのまま空港へ行くため、荷物をもってホテルを出るそうだ。
やっぱりあのおやじは“仕切れないおやじ”で良かったのだ。
このガイド料は1人$20だが、仕切れないおやじはケニアで値切り慣れたためか、4人で $ 60で交渉する。
街には乗り合いバスがいっぱい走っている。
そのバスは、どれもギンギラギンの飾りとペイントでハデハデだ。
運送用のトラックも同じようにハデハデだ。
ハ代亜紀や北島三郎の名前を書いて、電飾でギラギラさせている日本のトラック野郎に似た感覚なのだろうか。
この街のバスのハデハデ具合は、例えば、バスの窓にも全てトランプの絵札のような模様を書いている。
オバケバスという感じでバス本体のシルバーのメタリック感を残し、さらに、金色を主体としたペイントで、赤、黄、緑などペルシャ絨毯よりも複雑で細かい模様がきっしりだ。
バスの上にも冠のような飾りをそれぞれ付けている。
客が乗り過ぎて窓から上半身がはみ出ている人もいる。
坂口は、すれ違うハデハデバスの窓に蛍光グリーンのターバンを巻いた王様を発見した。
三浦はその話を聞いて他のバスにもいるかと必死で捜したが、その後すれちがうバスには王様を発見することはできなかった。
バイクのニ人乗りもかなり多い。
もちろんノーヘルだ。
原付きバイクに子供3人を乗せたお父さんもいる。4人乗りだ。
MIDWAY HOTELはカラチでは中級らしく、街にはシェラトンホテルという近代的な高級ホテルもちゃんとあった。
さて、最初に案内された所はカーイデ・アーザム廟という、パキスタン建国の父、初代総統のムハンマド・アリー・ジンナーさんの霊廟だそうだ。
日本でいえば、国会議事堂とか最高裁判所とか絵画館みたいな、うつくしい建物だ。
遠くからでもこの立派なドーム状の建物が目を見張る。
建物の入り口は公園風になっていて、若者がいっぱいだ。
手前の大きな階段の下で靴を脱ぎ、靴の見張りのおじさんに靴を預けて中に入る。
階段を上がったところで風が吹き、坂口の帽子が飛んでった。
靴下でペタペタ拾いに走るとカッコつけた地元の男の子達(推定14才)がくすくす笑う。
拾ってかぶるとまたすぐに飛ばされた。
もう一度、恥をかく。
ドームの真ん中には真っ白い棺が置いてあり、その周りに銀色のサクがある。
そしてその周り四隅に、4人の衛兵がライフルを持って立っている。

あまり外人は来ないのか、日本人が珍しいのか三浦と坂口は地元の人たちにジロジロ見られている。
観光客用の写真屋が声をかけてきた。
三浦と坂口は2人ともカメラを持っているので写真屋には用がない。
断りながら首を横にふったら「ノーマネー、ノーマネー」と言ってカメラを向けてきた。
写真屋に撮影を頼んた地元の観光客の女性が、日本人(もしくは外人? )といっしょに写りたいと言っていたのだ。
ピンクのべールを被ったおしゃれなパキスタンのきれいな女性の横で、Tシャッと綿パンの、こんなにだらしない格好でちょっと申し訳なかったが一緒にカメラに入る。
すると、ドームの中にいた地元の人たちがみんな2人の周りに集まって、身動きがとれないほどの人だかりになってしまった。
何が起こったのか解らない2人は、そこでせっかくだから記念写真を撮ろうとすると、周りの人たらが3歩ほど、後ずさりする。
写真屋のおじさんが、みんなを「ダイジョーブ、ダイジョーブ」風になだめている。
三浦はさっきの真似をして、 周りの人たちに向かって 「ノーマネー、 ノーマネー」 と言うと、恐る恐るみんながまた近寄ってきたので記念撮影をする。
それでも怖がって近寄れない人たちが遠巻きにこららを見ている。
ひょっとして、わたしたちフェイマス・シスターズ? ? ?
生意気な年頃の男の子達(推定15才)は、"ふん、俺達そんなミーハーなこと、できっかよ風"に横目でちらちら2人を意識しながら、クシで髪の型を揃えたりサングラスをかけ直したりしている。
パジャマのようなテロテロのイスラム風の衣装着たかわいい顔したパキスタンのおませなヤングボーイズは、持って帰りたいほどみんなカッコイイ。
パキスタン人は、そんなに悪いものでもないんだと急にパキスタンが好きになる。

カーイデ・アーザム廟を出たところで坂口は、三浦の首にネックレスがないことに気付いた。
三浦は市内観光にでかけるときに、さっさとホテルのおやじにもらった格好悪いネックレスを外していたが坂口は気付かずずっとと恥ずかしい格好をしていたのだ。

古い商店街のようなごみごみした街を通ると、けっこうおもしろいぐるぐる文字の看板がいっぱいある。
三浦は、ちょっと工ッチな映画の看板に目を見張る。
坂口の目は、街をゆくヤングボーイズを追っていた。

途中で、白馬の馬車が止まっていた。
馬車もちょっぴりハデハデ風だ。
馬車の写真を撮りたいというと、車は回り道してもう一度馬車の横に止めてくれた。

次に向かうのは、クリフトン海岸というところだ。
海岸に続く道は大きな一軒家や高級マンションが建ち並ぶ住宅街で、首相官邸もある。

クリフトン海岸に着く。
そこには毛糸のハデハデ衣装をまとった観光用のラクダがいた。
ラクダに乗って、海岸を散歩するのだそうだ。
ラクダよりも、すぐ横の空き地で草野球しているヤングボーイズに目を潤ませて、坂口の体は空き地の方へ少しずつ、微妙に移動している。

海岸のちょっと先は、海水浴客がたくさんいて三浦海岸に近いノリでかなりの人が海で遊んでいる。
ガイドさんの話によると、今日は金曜日だから混んでいるそうだ。
東京だと、金曜日に混むのは夜の飲み屋街だが、パキスタンは金曜日が休日らしい。
調べによると、カラチは5〜6月が一番気温が高く、5月の最高気温は平均で34℃。
最低気温でも26℃くらいあるらしい。
しかも、カラチは必要以上に湿気が多い。
じっとしていても汗が流れてくる。
海岸にみんな集まるのもわかるが、泳がず見てるだけの者としては、潮風がべタベタして余計に気持ち悪い。
ラクダやのおじさんが「ラクダニ、ノラナイ?」とせまってくるが、ちょっと汚なそうなので断る。
「ドウシテ?」
「こわいから。」
まさか、ラクダが不潔そうだとはいえない。
「ダイジョーブ。コワクナイ、コワクナイ。ユックリユックリダカラ。
ホラ、ラクダモコウャッテ、ノリヤスイヨウニ、シャガンデクレルヨ。」
おじさんがそう言うと、ラクダがしゃがんだ。
後ろに回ってみるとラクダはお尻を突きだして後ろ足はひざまづいている。

このひさまづき加減と足の皮のたるみ具合はどう見ても、中に人が入っているぬいぐるみみたいだ。
この、あまりにも間抜けな姿のラクダを見た2人は狂ったように笑い転げた。

坂口はこの間抜けなラクダのお尻を写真に収めた。

ガイドは2人にジュースをおごってくれた。
ジュース屋の屋台の子供(推定7才)もなかなかかわいい。
写真に撮っておこう。
仕切りおやじと先生は浜辺の方からなかなか戻ってこない。
さあ、時間がなくなるぞ。

次の場所に移動中、馬車ならぬロバ車を見かけた。
さらに、荷物の上に男が3人。
次の場所は、パキスタンナショナルミュージアム。
博物館だ。
ケニア旅行のついでに寄ったパキスタンのことなど何一つ予備知識がなかったし、ガイドさんも博物館の中にはついてこなかったので、展示されている何を見ればいいのかも判らず、ただうろうろしているだけだった。
ときどき、パキスタン人の家族連れが日本人をジロジロ見て、珍しがっている。
子供が日本人を発見したときなどは、大騒ぎしてお父さんを呼びに行ったりもする。
そうそう、私たちジャパニーズフェイマス・シスターズ。
おどろいたのは地元の男2人組(推定20才)がずっと手をつないで見学していたことだ。
男同士のデートだったのだろうか。すごく変。

博物館を出てた所には、ちいさい女の子(推定4才)が2人で遊んでいた。
一緒に写真を撮ろうとしていたら向こうの方にいたちびっ子ヤングボーイズ(推定8才)
の2人が
「ちょっとまって一。ぼくたちもいれて一。」風に、かけ寄ってきた。
すごくかわいい。
ギフトショップもあったが特に変わったものはない。

店の外に、やせた犬がぐったりと寝ていた。
そして、車に乗ったところでかわいいャングボーイズ3人組(推定11才)を発見。
坂口は、写真を撮りたい思って手招きすると、その中の一人が車の窓のすぐ下まで来て握手を求めてきた。
やっぱり私たち、ジャパニーズフェイマス・シスターズ。

幸せな気分を味わいながら、次はお決まりのお土産のペルシャ絨毯屋。
絨毯には興味がないので小物コーナーをちらっと見たあとは、店の外で写真撮影。

絨毯やのおやじが一緒に写りたそうなので写してあげる。
パキスタン人は子供の頃はみんなすごくかわいいのにどうして大人になったらヒゲもじゃで、格好悪いのだろう。
ヤングホーイズもいずれはこうなるのかと思うと悲しい。

先生は10万円くらいの絨毯を買おうかと思ったが、旅行の度に絨毯を買っているので部屋の中が絨毯だらけでもう置くところがないのでやめたそうだ。
2人は先生の新婚宅を思い描いた。
玄関マットにキッチンマット、バスマットにトイレマット、リビングに、ダイニングに、そしてこたつカバーにべッドカバー、ひょっとしたら掛け軸がわりにもペルシャ絨毯を使っているかも知れない。

最後に着いたところはディフェンス・モスクという巨大なモスクだ。
収容人数は1000人くらいは軽くいけそうだ。
モスクの中はやはり靴を脱いで入るのだが、薄暗いドームの中でどのくらい汚れているか判らない絨毯敷きの床を歩くのはちょっとした勇気がいる。
イスラム教徒は、このモスクの中で1日5回お祈りするらしい。
ドームの中は、エコールームだ。
小さい声でも強力にディレイがかかる。
モスクを出たところに、シャイなヤングホーイ(推定14才)が一人、座っていた。
カメラを向けると、恥ずかしがって顔を隠した。
あまりにもかわいいのでおいでおいでと手招きをして、一緒に写真を撮った。
仕切りおやじをバカにしてたはずの2人は、結局同じことをやっている。
これで、カラチの市内観光はおしまい。

仕切りおやじは、気のいいガイドさんに、名前を尋ねる。
難しい名前だ。
たくさんのヤングボーイズのおかけで大変充実した市内観光ができた。
満足、満足。
空港に向かう。
街のあちこちに、戦争で使用していた潜水艦や戦闘機が空き地に置かれ、子供達のジャングルジム代りになっている。
ちょっと生々しい。
ガイド料を払う。1人$15ずつ集め$60にして渡すと、足りないと言われた。
「最初に、4人で$60にしてくれるって言ったじゃないか!」と、仕切りおやじは反抗るが、
「知らない。コレは、1人$20だから4人で$80です。
7人いたのに4人しか参加しなかったから、こっちも損をしてるんだ。」
結局、安くはならなかったのだ。
ボラれた気分だ。
仕切りおやじいわく、ベルシャ絨毯屋で儲けようと思ったのに誰も買い物をしなかったからきっと見込みが外れたんだろう。
前払いで渡せばよかったんだということで納得する。
所詮、仕切りおやじは“仕切れないおやじ”だ。
詰めが甘かったのだ。
パキスタンの物価は知らないが、まあ$20なら目くじらを立てるほど高くはないだろう。
施設のの入園料も立て替えてくれたのだし、ジュースもゴチだったし。

16:00 空港に到着。
車が空港ロビーの前に入ると背中にPORTERと大きく書いたブルーのつなぎを着た男がワゴン車の扉の横に、大の字になって次から次へとどんどん張り付こうとしてくる。
車がブレーキをかける手前から20人くらいのそのポーター軍団が、自分が荷物を運びたいために必死になって車に張り付いてくる。
はじめは、大大大くらいで、大大大大大大大大に増え、大大大大大大大大大大大大大大大大大になる。こんな感じだ。
これは大変だ。
こんな人たちに荷物を渡すとチップをはぎ取られるぞ!慌ててみんな、車を降りる。
仕切りおやじは、三浦のバッグを持ってくれた。
ワゴンの一番後ろに座っていた坂口は、みんなの忘れ物はないかチェックしてから最後に大きな荷物を抱えて車を降りた。

仕切りおやじは、またカラチの女性に見とれてる。
「あの人、すこくきれいだなあ。」
手荷物検査をし、チェックインを済ませ、出国のゲートを出ようとするところで坂口は「あれ?」と何かを捜し始めた。
さっきの車の中に、カメラを置いてきたのだ。
振り返ったところは、まだ空港の玄関が見える。
しかしもう、荷物チェックのゲートは戻れないし、ましてや車はもういないだろう。
坂口は最後に降りるとき、他人の荷物を確認した後で車を降りたため、自分の忘れ物を見る暇がなかったのだ。
しかし、唯一の借り物だったカメラを置いてくるとは貸してくれた友人に申し訳ない。

そして、それ以上に坂口のカメラにしか入っていない、間抜けなラクダのお尻の写真が、もうニ度と見られないと思うと非常に残念だ。
暗い顔をすると三浦も気を遣ってしまうだろう。
いつもの頭悪い2人に戻ろう。
出発ロビーについた。
三浦のバッグを持ったまま、仕切りおやじがいなくなった。

あちこち、うろうろ捜してもいない。
しばらくしたら、ようやく出国ゲートを越えてやってきた。
バッグを引き取った。
2人は昨日、ケニアのホテルでシャワーを浴びてから、風呂に入っていない。
そして、このカラチで猛烈な暑さで汗たくだ。
おたがい同じ匂いなので判らないが、なんとなく乞食くさい気がする。
三浦はトイレに入る。
トイレの入り口に、ティッシュを渡してチップをとろうとするおばさんが立っている。
三浦が戻ると今度は坂口がトイレに入った。
坂口は、なかなかトイレから出てこない。
カメラを忘れてきたショックでトイレで泣いているのか?
10分ほど後でトイレから出てきた坂口は、長袖シャツに着替えて、首には黄色のバンダナをよだれかけ風に付けてきた。
髪の毛からはしずくがボタボタ落たている。
洗面道具を持ってトイレに入った坂口は、まずタオルを洗面所でぬらし、トイレの中で汗まみれの臭い体を拭いてシャツを着替え、洗面所でビオレで顔を洗い、ミネラルウォーターで歯磨きをしてたら、洗面台がかなり大きく頭がすっぽり蛇ロの下に入ることに気付いて洗面道具と一緒に持っていたリンスインシャンプーで髪を洗ってしまったのだ。
その場にいた白人女性とティッシュおばさんは、2人で目を丸くさせてクスクス笑った。
髪を洗い終えてタオルで頭をごしごし拭いている坂口に、白人女性が声をかけた。
「アナタハドコノヒト?」
「ジャパニーズ!」
「アナタハ、パリカラキタノデスカ?」
「ノーノー、ケニアから来ました。」
と言いながら髪からしたたるしずくを受け止めるためにバンダナを巻く坂口を見て、
「オー!デリケート、ジャパニーズ」
と言って、白人とティッシュおばさんは目を合わせて笑い転げたのだった。

坂口にしてみると、ここはホテルのバスルームよりもはるかにきれいだったのだ。

18: 00カラチ発。
PK-762便、東京行きの飛行機に乗る。
東京行きの文字を見て、やっと日本に帰るという自覚が出てきた。
しかし、これから経由地はあとニつ。
まだまだ長い道のりだし、これからもう一晩飛行機の中で過ごすのだ。
大きな荷物を三浦と坂口は近くの棚にひとつずついれるが、
白人の学生風の男女の団体に「フーズ、ディス?ココノタナハ、ワタシタチノニモッヲ、イレルノヨ。」といって、バッグをどかされた。

むしゃくしゃしたので、自分たちの番号の棚を
「フーズディス、フーズディス?」
と外人の真似をしてフィリピーナから奪い取ったが、2人の荷物はそれでも棚に入りきらない。
見かねたフィリピーナは、一番でかい坂口のバッグを、最後部の座席の後ろに預かってくれた。
白人の団体は、ギャーギャーとうるさくて、目障りだ。

隣に座っている新婚の妻は具合が悪いらしく、パキスタンでもすっとホテルに閉じこもっていたそうだ。
言うまでもなく、ナルちゃんもまだぐったりしているようだ。
市内観光、行けばけっこうおもしろかったのに 。

しばらくすると、飛行機の中で、またまたイスラム教徒のおじさんがお祈りの儀式を始めてくれた。
市内観光でモスクに行ったときにガイドさんから聞いたお祈りの時間は、たしか19 :30が最後と言っていたので、きっともうこれで見納めなのだろう。

機内食が出る。
今までの機内食の写真は、最近距離の短い坂口のカメラで撮っていたが、そのカメラがなくなったので三浦のカメラで撮ろうとするが、近すぎてシャッターが切れない。
新婚の妻にお願いし、2つ離れたこの席から撮らせてもらうことにする。
時計を2時間進める。
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